教室には静けさが広がっていた。夕方の柔らかな光が窓から差し込み、机の上には暖かなオレンジ色の影を落としている。田中さくらは、自分の席で震える手を押さえながら、一枚の便箋に丁寧にペンを走らせていた。心臓が早鐘のように鳴り、頬が熱くなるのを感じる。彼女の書いている手紙の宛先は、クラスの人気者でサッカー部のキャプテン、伊藤翔だった。
さくらは翔のことがずっと好きだった。彼の笑顔や、何気ない優しさに心を奪われてしまったのは、いつのことだったろう。しかし、内気で人見知りなさくらにとって、直接彼に気持ちを伝えることはとても勇気のいることだった。だから、放課後にこっそりと手紙を残すことが、唯一の彼に近づく方法だった。
手紙を書き終えると、さくらはそれを小さく折りたたんで、そっと翔の机の引き出しに忍ばせた。自分の行動が信じられないほど大胆だと感じつつも、同時に心が軽くなるのを感じた。「これでいいんだ」と、さくらは自分に言い聞かせるようにして教室を後にした。
翌日、翔は放課後の部活が終わった後、疲れた体を引きずるように教室に戻った。机に座り、ふと引き出しを開けると、そこにはいつものように手紙があった。手紙の内容はいつも短いものだったが、その中には優しさと温かさが溢れていた。「今日はとても暑かったですね。無理をしないでくださいね。」そんな一言が、彼の心にじんわりと染み渡った。
翔は手紙の送り主が誰なのか気になり始めていた。手紙に込められた思いが、次第に彼の心を動かし始めていたのだ。しかし、送り主が分からないままでは、どうしようもない。翔は手紙を読み終えると、引き出しにそっとしまい、また翌日を楽しみに待つことにした。
日が経つにつれて、さくらと翔の間には不思議な関係が生まれ始めた。さくらは放課後の手紙を書き続け、翔はその手紙を心待ちにするようになった。しかし、クラスメイトの中村恭子が翔に密かに想いを寄せていることを知ったさくらは、手紙を書くことに疑問を感じ始める。
「私がこんなことをしていいのだろうか？」そう思いながらも、手紙を書き続けるさくら。その一方で、翔も手紙の主が誰なのかを確かめたいと思いつつ、今のままでもいいのではないかと思う自分がいることに気づく。
そんなある日、放課後の教室でついに二人は出会う。翔が教室に戻ると、さくらが手紙を引き出しに入れているところだった。二人の目が合い、さくらは顔を真っ赤にしてその場を離れようとするが、翔は彼女の手をそっと掴んだ。
「君だったんだね、手紙の送り主は。」
さくらは驚いて顔を上げ、翔の優しい目を見つめる。「ごめんなさい、勝手に…」さくらが何かを言おうとしたが、翔はその言葉を遮るように微笑んだ。
「ありがとう。君の手紙に、いつも元気をもらっていたんだ。」
その言葉に、さくらの胸は温かくなった。翔の手がさくらの手を優しく包み込み、二人の間に特別な絆が生まれるのを感じた。放課後の静かな教室で、さくらのラブレターはついに翔に届いたのだ。
物語の終わりに、二人は手を繋いで教室を出る。夕焼けが空を染め、二人の影を長く伸ばしていた。さくらの心には、初めて感じた恋の喜びが満ちていた。
それは、彼女にとって忘れられない放課後のひと時だった。
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