月明かりの差し込む夜、悠馬と玲奈は朽ちた洋館の前に立ち尽くしていた。辺りには風の音ひとつなく、静寂が漂っていた。その館の窓には、どこか不気味な影が揺れ、まるで二人を誘うように見えた。
「…ここが、噂の場所なの?」玲奈は小さな声で兄に尋ねた。彼女の声はかすかに震えていた。
「そうだ。母さんの日記に書いてあった…俺たちの“血”が、この館に連れてこられた理由も、きっとここに隠されてる」悠馬はそう答えながら、怯える玲奈の手をぎゅっと握った。
二人は息を飲みながら、重く錆びついた扉を押し開けた。扉の向こうには、かつて豪華だったであろう広間が広がっていた。しかし、壁紙は剥がれ、床は不気味に軋み、空気は異様な湿気に満ちていた。
「…兄さん、何か…いる気がする」玲奈は背中に冷たいものが走るのを感じながら、兄に寄り添った。
「気にするな、玲奈。ただの空気の流れだ…ここで引き返すわけにはいかない」悠馬は玲奈を落ち着かせるように声をかけたが、その目は警戒に満ちていた。
二人はゆっくりと広間を進んでいった。そこには古びた絵画が並んでおり、どれも不気味に笑う顔や歪んだ姿を描いていた。それぞれの絵の目が、彼らを追うように見え、玲奈は背筋が凍る思いだった。
「兄さん…この絵、どこかで見たことがある気がする…」玲奈は低い声で囁いた。
「…お前もそう思うか。俺たちの家にも、似たような絵があった…いや、もしかしたら俺たちはずっと…この“呪われた血”に縛られていたのかもしれない」悠馬の声には、決意と恐怖が入り混じっていた。
やがて二人は、館の奥に続く階段にたどり着いた。その階段は闇に包まれており、どこまで続いているのか分からなかった。玲奈は一瞬、引き返したいという衝動に駆られたが、兄の冷静な顔を見ると、その気持ちを抑えた。
「玲奈、俺についてこい。絶対に手を離すな」悠馬は妹の手をしっかりと握り、暗闇の中を進んでいった。
階段を下りるごとに、空気は冷たく、湿っぽくなり、どこからか聞こえる微かな囁き声が耳に入ってきた。その声は、彼らの名前を呼んでいるようにも聞こえた。
「…誰か、私たちを呼んでいる」玲奈は怯えたように兄に囁いた。
「気にするな。これはただの…錯覚だ」悠馬は自分に言い聞かせるように答えたが、彼の手も微かに震えていた。
やがて階段の先に、扉が現れた。その扉は古びていたが、まるで二人を待ち受けていたかのように、微かに開いていた。中からは冷たい風が漏れ出し、何かがうごめく音が聞こえた。
「兄さん…本当に開けるの?」玲奈は息を呑んで兄を見つめた。
「これが…俺たちの“血”の謎を解く最後の鍵だ」悠馬は震える声で答え、慎重に扉を開けた。
扉の向こうには広い部屋が広がっており、天井まで届くような奇妙な模様が描かれていた。中央には古びた石の台があり、その上に何かが置かれていた。二人はその台の前に立ち、無言でそれを見つめた。
「…これは、私たちのものなの?」玲奈は台の上に置かれた、不気味な形の指輪を見つめてつぶやいた。
「わからない…けれど、この指輪が俺たちの家系に関わるものだとしたら…」悠馬は指輪に手を伸ばそうとしたが、その瞬間、突然背後から冷たい風が吹きつけ、二人は驚いて振り向いた。
そこには、誰もいないはずの空間に、ぼんやりと浮かび上がる人影があった。それは彼らの母親に似ているようにも見えたが、その顔はどこか歪んでおり、不自然な笑みを浮かべていた。
「悠馬、玲奈…お前たちはここから逃れられない」その声は、冷たく響き渡り、二人の体が凍りついた。
「母さん…?なぜ…?」玲奈は震えながらその姿を見つめた。
「お前たちの“血”は、この場所と共にある。この館から逃げ出すことは決してできない。お前たちの存在そのものが…呪われているのだから」
その言葉に、悠馬と玲奈は言葉を失い、ただ立ち尽くした。指輪を握りしめる悠馬の手は冷えきっており、玲奈の心にも暗い影が差し込んだ。二人の間には重い沈黙が流れ、その場の緊張感が一層高まっていった。
「兄さん…私たちは、どうすれば…」玲奈が小さな声で言葉を絞り出した。
「わからない…けれど、俺たちはこの館を出るしかない。たとえ…それがどれだけ困難であっても…」悠馬は決意を込めてそう言ったが、その目には恐怖が浮かんでいた。
二人は再び手を取り合い、後ろを振り返ることなく館を後にした。背後には母親の幻影が消えることなく漂い、呪われた血が二人を縛り続けているかのようだった。
館を出た時、月は赤く染まり、夜の闇が二人を再び包み込んだ。
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