夕暮れ時の柔らかな光が、二階の窓から差し込んでいた。部屋の中には、妹の美咲と僕、兄の大輔が座っている。美咲は小さな体を抱えるようにして、ベッドの上に丸くなっていた。
「お兄ちゃん、今日も一緒にいてくれる?」
美咲がそう囁くように聞いてきた。彼女は学校で友達と少しうまくいっていないらしい。毎晩のように「一緒にいてほしい」と言ってくるのだ。
「もちろん、ずっと一緒にいるよ」
僕は笑いながら、彼女の髪をくしゃくしゃっと撫でた。美咲は少し頬を染めて、でも安心したように僕の肩に顔を埋めた。
外からは風が木々を揺らす音が聞こえてくる。カーテンがそよそよと揺れて、部屋の空気に冷たさが混ざった。
「ねえ、お兄ちゃん。もし私がずっと一人ぼっちだったら、どうする?」
美咲がぽつりと呟いた。
「そんなこと、絶対ないよ。美咲はみんなに好かれてるんだから」
僕は自信を持って答えた。でも美咲は首を横に振った。
「ううん、違うの。お兄ちゃんがいるから安心してるだけで、本当は誰とも…うまくいかないかもしれないって、思うことがあるの」
その言葉に、僕は少し驚いた。美咲がこんな風に不安を抱えているなんて、普段は明るい彼女からは想像もつかなかった。
「美咲、大丈夫だよ」
僕は優しく彼女の肩を抱き寄せた。
「お前はお前らしくしていればいいんだよ。無理に誰かに合わせる必要なんてない」
「でも、もしお兄ちゃんがいなかったら?」
美咲は僕をまっすぐに見上げている。その瞳には、不安とほんの少しの涙が浮かんでいた。
「俺がいないなんて、考えなくていいよ。ずっとそばにいる。美咲がどんなことを感じていても、俺は変わらないからさ」
少しの間、彼女は黙っていた。それから、ゆっくりと息を吸い込んで、再び口を開いた。
「じゃあ、約束しよう?お兄ちゃんは絶対に私を一人にしないって」
「約束か…」
僕は小さく笑った。だって、そんな約束は当たり前だから。でも彼女にとっては、それがとても大事なことなんだろう。
「分かった。約束だ」
僕は小指を差し出した。美咲は笑顔を取り戻して、その小指に自分の小さな指を絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」
美咲が子供の頃からの癖で、そんな古い歌を口ずさんでいた。僕は懐かしさに笑みをこぼす。
しばらくして、美咲はまたベッドの上に横になり、僕は隣に座って彼女の話を聞いていた。学校でのこと、友達のこと、何気ない日常の話が続いていく。美咲が落ち着いた声で話すのを聞いていると、いつの間にか時間が過ぎていくのが分かった。
「ねえ、お兄ちゃん」
美咲がぽつりと声を出す。
「うん?」
僕も少しぼんやりしていたが、彼女の声にはっと意識を取り戻す。
「もし、私がすごく辛いことがあったら、お兄ちゃんに話してもいい?」
その言葉に、僕は彼女の気持ちの重さを感じた。
「もちろん。どんな時でも、俺に話していいよ」
僕は軽く彼女の肩を叩きながら言った。
「…ありがとう」
美咲の声はかすかに震えていた。小さなため息が部屋の中に広がる。彼女はそっと目を閉じた。
僕は、美咲がどれだけのことを抱え込んでいるのか、まだ全部は分からない。でも、今はただそばにいてあげたいと強く思った。
夜が更けていく。外の風は少しずつ冷たくなり、部屋の中の静けさが深まる中、僕たち兄妹はただそこに一緒に座っていた。
「お兄ちゃん、これからもずっと…一緒だよね?」
美咲が最後にまた尋ねた。
「当たり前だろ。約束したじゃん」
僕は笑って彼女の肩に手を置く。
その瞬間、僕たちの間に静かな安心感が漂った。これからどんなことがあっても、僕は美咲のそばにいる。そのことが、今は何よりも大切なことだと感じた。
「じゃあ、もう寝ろよ。明日も早いんだからさ」
僕は冗談めかして言った。
「うん、おやすみ、お兄ちゃん」
美咲がそう言って目を閉じる。
僕は窓の外に目を向けた。月明かりが静かに差し込み、二人の部屋を照らしていた。
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