教室の窓から差し込む秋の夕陽が、僕の机を照らしている。カリカリとペンを走らせる音だけが、静かな教室に響いていた。だけど、僕の手はほとんど動いていない。ノートの上には数学の公式が並んでいるはずなのに、頭の中は別のことでいっぱいだった。
彼女、佐藤紗英のことだ。
紗英は隣のクラスにいる同級生で、僕が気になり始めたのはいつからだったか覚えていない。ただ、いつも明るくて、誰にでも優しい彼女の笑顔を見ていると、心が温かくなる。それなのに、勉強しなくちゃいけないこの大事な時期に、彼女のことばかり考えてしまう僕は、どうしようもない。
「このままじゃダメだろ…」心の中で自分を叱りつけるが、勉強に集中できない。気づけば、ふとした瞬間に彼女の姿を思い出し、胸が締め付けられるような気持ちになる。
「田中、最近全然勉強してないんじゃない?」放課後、友達の健が僕の肩を叩いて言った。
「うるさいな、ちゃんとやってるよ!」そう答えたけど、健にはバレバレだ。僕が勉強どころじゃないことは、友達だからすぐに分かるらしい。実際、心の中では焦りが募っていた。周りの友達はみんな受験に向けて真剣に勉強しているのに、僕だけが取り残されているような気がしていた。
でも、どうしても紗英のことを考えるのをやめられない。彼女の笑顔や、彼女が友達と楽しそうに話している姿が、何度も頭に浮かんでは消えていく。
「紗英に好きだって伝えたら、少しは楽になるのかな…?」
そんな考えが頭をよぎるけど、僕はまだその勇気がない。紗英が僕のことをどう思っているのかも分からないし、下手に告白してフラれたら、受験どころじゃなくなるかもしれない。
その日、家に帰っても勉強に手がつかなかった。机の前に座っても、数学の問題集を開いても、頭の中は紗英のことでいっぱいだ。僕はため息をついて、問題集を閉じた。
「このままじゃ、本当にヤバいな…」
でも、勉強する気になれない自分が嫌になって、思わずスマホを手に取る。LINEを開いて、無意識に紗英のトーク画面を見つめた。今まで、紗英とは数回しか会話をしたことがない。でも、その少ないやり取りの中で、彼女はいつも優しく、僕のことを気にかけてくれていた。
「紗英にメッセージを送ってみるか…?」
そう思った瞬間、僕の指は勝手に動いていた。
「紗英、今何してる?」
送信ボタンを押した途端、後悔が押し寄せた。なんでこんなタイミングでメッセージを送っちゃったんだろう? もしかして迷惑じゃないかな? そんな不安が一瞬で頭を支配する。
でも、すぐに画面に「既読」がついて、紗英から返信が来た。
「田中くん? びっくりした(笑)今、家で勉強してるよ。田中くんは?」
その返事を見た瞬間、僕は心臓がドキッと跳ねるのを感じた。彼女も勉強しているのに、僕は何をしてるんだ。紗英の返事に焦りながらも、僕は正直に答えた。
「実は、紗英のことが気になってて、全然勉強が手につかないんだ。」
送ってから、また後悔が襲ってきた。こんなことを言ってどうするんだ。紗英はどう思うだろう?でも、もう送ってしまったものは仕方がない。
数秒後、またメッセージが届いた。
「え? 私のこと?(笑)でも、気持ちは分かるよ。受験のことで頭いっぱいになるし、いろいろ考えちゃうよね。」
まさかの返事だった。彼女は笑って流してくれたけど、僕はさらに続けるべきかどうか迷った。でも、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
「紗英のことが、本当に好きなんだ。」
勇気を振り絞って送ったそのメッセージに対する彼女の反応を待つ数秒間は、ものすごく長く感じた。そして、やっと返信が来た。
「ありがとう。そんな風に言ってくれて、嬉しいよ。でも、今はお互い受験が大事な時期だから…終わったら、またちゃんと話そう?」
その言葉に、僕は少し安心した。彼女は優しくて、真面目な子だった。受験のことをしっかり考えている彼女に、僕はまた惚れ直してしまった。
「そうだね、頑張ろう。」
その一言を返して、僕は机の前に戻った。紗英とちゃんと話すためにも、今は勉強しなきゃいけない。それが彼女への思いを叶えるための、最初の一歩だと感じた。
彼女のことを考えながら、僕は久しぶりに問題集を開いた。
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